ーーーー講義録始めーーーー
日本における反学校文化の形成とその背景
欧米の生徒文化研究では、階層文化と生徒文化の関係やその機能が注目されてきましたが、日本では、直接的な階層文化との関係はあまり論じられず、1970年代後半ごろから「反学校的な生徒文化」に関心が向けられるようになりました。
社会問題としての学校への反発
1970年代後半、不登校や中退といった現象が広がり、これが社会問題として取り上げられるようになりました。同時に、「学校に適応することが正しい」という前提を疑問視する視点が生まれました。
例えば、当時の若者に人気のあった尾崎豊の曲『卒業』の歌詞には、「行儀よく真面目なんてできやしなかった」「夜の校舎窓ガラス壊して回った」「この支配からの卒業」といったフレーズが含まれています。実際にこうした行動を取らなかった生徒たちも、この歌詞に共感した高校生が少なくありませんでした。
このような共感の広がりは、学校教育が生徒にとって「自分たちの将来に意味のある場」としての信頼、すなわち「学校神話」と呼ばれるものや、それに基づく学校の権威が揺らぎ始めていることを示唆していると考えられます。
反学校文化とアイデンティティの関係
反学校的な気分は、生徒のサブカルチャーにも表現されるようになり、「学校に適応できない」のではなく、「積極的に反抗する」文化として顕在化しました。しかし、こうした反学校文化には単なる拒否を超えた「学校へのこだわり」も同時に存在していました。
学校をどうでもいいと無視するのではなく、学校に反発することで自らのアイデンティティを確認する姿勢が見られました。当時流行した「ツッパリ」や「スケバン」といったスタイルが、制服を改造した独特のものだった点にも、このこだわりが表れているといえます。
学校文化と反学校文化の共通点
「落ちこぼれ」の文化も、より対抗的な文化も、程度の差はあれど学校の権威や力に強く反応していました。学校の強制力が強いと感じられるからこそ、そこから距離を取り、対抗しようとする文化が形成されていったのです。反学校的なサブカルチャーは、学校という場を拒否しながらも、そこに根差した存在意義を見出す文化でもあったといえるでしょう。