F-nameのブログ

はてなダイアリーから移行し、更に独自ドメイン化しました。

胎児期低栄養と生活習慣病の関係(食と健康第14回)#放送大学講義録

ーーーー講義録始めーーーー

 

さらに、「やせ」が及ぼす影響は、やせている本人だけにとどまらず、次世代の健康にも深く関わっていることが、近年の研究で明らかになってきました。

具体的には、妊娠前の過度なやせや、妊娠中の過剰な体重増加の抑制行動が、**低出生体重児(出生時体重2,500g未満)**の出生と関連していることが知られています。

以下に示す研究は、1993年にイギリスのデイヴィッド・バーカー(David J.P. Barker)博士によって報告されたもので、生まれたときの体重と、成人期における**虚血性心疾患(狭心症や心筋梗塞)**による死亡率との関係を明らかにしたものです。

この研究では、体重はポンド(lbs)で示されています。イギリスの新生児は日本より体格が大きく、出生体重4,000g前後が標準とされています。バーカー博士の研究によれば、標準体重から大きく外れて(小さくまたは大きく)生まれた場合、成人期に虚血性心疾患の死亡リスクが高くなることが示されました。

とりわけ、標準体重のおよそ半分程度(約2,000g)で生まれた新生児の死亡率は、標準体重で生まれた者の約2倍に達することが報告されています。

さらに、2023年には国立成育医療研究センターより、日本人約10万人を対象とした疫学研究が発表され、同様に出生体重が2,500g未満であった者は、成人後に虚血性心疾患による死亡リスクが有意に高いことが明らかになっています。

出生時の低体重は、胎児期に十分な栄養が届いていなかった可能性を示す指標であり、若年女性の過度なやせは、この栄養不全による低出生体重児のリスクを高める要因となります。

このような知見から、かつて用いられていた「小さく産んで大きく育てる」という方針は、現代の科学的見地からは推奨されないといえます。

女性自身の健康のみならず、将来生まれてくる子どもたちの生涯にわたる健康と長寿を支えるためにも、若年女性のやせの弊害に関する教育・啓発を早期から行う必要があります。


バーカー仮説とDOHaD概念について

このように、胎児期の健康状態が、生まれた後の疾病リスクに大きく影響するということが、世界的に注目されています。

1990年代、バーカー博士はこの考え方を、「Fetal Origins of Adult Disease(FOAD:成人病胎児期起源説)」として提唱しました。
この仮説は、胎児期の栄養や環境が、将来の生活習慣病などの発症リスクを決定づけるというもので、「成人病胎児プログラミング仮説」とも呼ばれます。

その後、同様の視点を拡張する形で、ニュージーランドのピーター・グラックマン(Peter Gluckman)教授と、イギリスのマーク・ハンソン(Mark Hanson)教授が提唱したのが、「Developmental Origins of Health and Disease(DOHaD)=健康と疾患の発達起源説」です。

このDOHaD(ドーハッド)概念は、「胎児期~乳幼児期(およそ3歳頃まで)の環境が、遺伝子の発現や代謝調節に影響を及ぼし、生涯の健康や病気のリスクに深く関わる」というものです。20世紀末に提唱されて以降、現代医学を再定義するほどの影響力を持つ理論として広く受け入れられています。


低栄養下での胎児の代謝的適応と将来リスク

胎児が低栄養状態に置かれると、その環境に適応するため、エネルギーを節約し脂肪を蓄積しやすくするような代謝系の遺伝子が活性化されます。
こうして省エネルギー型の代謝パターンが胎児期に形成されると、出生後の栄養環境がたとえ良好であっても、その節約型代謝は持続します。

結果として、出生後に短期間で**急激な体重増加(キャッチアップ成長)**が生じると、将来的に以下の疾患リスクが高まることが指摘されています:

  • 肥満

  • 2型糖尿病

  • 脂質代謝異常症

  • 高血圧

  • 心血管疾患 など

このような連鎖を断ち切るためには、若年女性の健康管理と栄養教育の充実が喫緊の課題とされています。