ーーーー講義録始めーーーー
女性の中年期
女性の場合の中年期を考えてみたいと思います。中年期の自覚は、子どもの自立や親の加齢、仕事上の変化、健康不安などいくつかの要因によって促されますが、特に親、なかでも母親にとっては、子どもの自立が一つの重要なきっかけになることが指摘されています。 子どものいない人も、もし子どもを持っていたらどうであるかという想像を通して、自らの人生の時期や中年期を自覚することがある、とも言われています。
家族との関係で中年期を考えれば、例えば中年期は、子どもが自立して家を出た後に夫婦だけで暮らすエンプティ・ネスト(empty nest)の状態になることが多い時期でもあり
ます。子どもの巣立ちに伴う喪失感や孤独感を強く経験する親については、「空の巣症候群(empty nest syndrome)」と呼ばれることもありますが、すべての親がそのような心理状態に陥るわけではなく、子どもの自立をきっかけに心理的ウェルビーイングが高まる場合も報告されています。 この時期は、子どもが離れた中で不満やストレスなども含め、夫婦の関係が再び問い直される時期なのです。
また、女性は配偶者よりも年齢的に若い場合が多く、さらに統計的に見ると女性の方が男性より長く生きる可能性が高いことが世界的に知られています。 そのため、高齢期に近づいた女性の中には、現実的な判断として「夫に先立たれるかもしれない」という可能性を見積もり、いわば未亡人になるリハーサルを心の中で行うことがある、と指摘されてきました。 もっとも、これはあくまで一部の女性や特定の文化的・世代的文脈でみられる傾向であり、すべての女性にあてはまる一般的なパターンというわけではありません。
配偶者との死別
実際に配偶者と死別した場合にはどうかというと、仲が良かった夫婦とそうでなかった夫婦を比較した研究では、婚姻の質が死別後の心理的適応に影響することが示されています。結婚関係に対する満足度が高く、温かい関係であった場合には、配偶者を深く恋しく思う一方で、その後の個人的成長が報告されることもあります。 逆に、葛藤の多い結婚関係や、依存や憤りが複雑に絡み合っていた関係では、配偶者の死をある種の「解放」として経験し、新しい関係性を築きやすいとする質的研究もありますが、同時に、そうした関係のストレスが抑うつなど不良な適応と結びつくとする量的研究もあり、「多い」と一概には言えない点が指摘されています。
一方、夫婦関係に課題があり、その課題が十分には表現されずに、依存や憤りが複雑に絡み合っていた、そういった関係の場合、悲しみが強く、死後の整理がなかなかできない場合が多いとされています。配偶者との死別は、経済的・情緒的支えを同時に失うため、残された配偶者の生活の質に大きな影響を与えることが、多くの研究で示されています。
例えば、夫でも妻でもどちらかに頼りすぎている場合、心理的な依存のために、亡くなった後も亡くなったことを受け入れられず、ふさぎ込んでしまって人が変わったようになったという話もお聞きします。逆に、夫のおかげで存在感が薄かった人が、夫の死後に自分の生活を主体的に組み立てるようになり、生き生きと活動し始めることもあります。こうした「喪失を経た変容」も、質的研究の中でたびたび報告されています。そんな話も聞いています。
また、親との関係では、中年期に入る頃から親の介護負担が増えることが少なくありません。このような経験を通じ、中年期には自分のこととして、その後の経済的保障、健康の維持、人生の充実などを具体的に考え始めるようになるとも言われています。親と自分の子ども(場合によっては孫)という複数の世代のケアを同時に担う中年層は、「サンドイッチ世代(sandwich generation)」とも呼ばれ、その心理的・身体的負担が近年問題として注目されています。
中年期の特徴
中年期の特徴として他に何かありますでしょうか。親と自分の子どもという2つの世代に挟まれた特異な状況に置かれているのが中年期の特徴でしょうね。中年期には、家族内に心理的危機を抱えるメンバーをかかえやすいことから、家族システム全体としても難しい時期と言うことができそうです。
事例2:40代技術職男性のケース
同様に企業に勤務されている40代前半の男性のケースをご紹介しましょう。
この方は、大学を卒業した後、技術職として企業の研究部門に勤務していた方でした。大学院で専攻した分野の技術を使った企業向けの機器の開発を担当されていました。
その技術がしばらく中心的な技術として脚光を浴び、多くの機械や機器類が開発されて使用されていったそうです。でも、技術革新が進んで、専門だった技術は次第に古くなり、廃れてしまった。その人は新しい技術を使って開発をしていくことを求められるようになったそうです。でもご本人は「つまらなかった」「みんなが嫌だった」と言っておられました。
それでも仕事なので、仕方なく新しくなった技術を使って開発を続けたんですけれども、若い人たち、後輩たちの方が新しい技術に詳しくて、聞いていて、自分が勉強するか後輩に教えを乞うしかなくなっていったそうです。結局、悔しいと思って仕事を適当にするようになったとおっしゃっていました。
でも、ご自身が専門としていた技術は全く使えないわけではなかったし、技術的なことを知るべき重要な技術だと自負もあったそうです。でも会社の方針があって、新しい技術を使う必要があったんだということです。
そうしますと、適当に仕事をこなし、意欲も低下した毎日で、要領よく立ち回る優秀な同期が管理職に上がってくる姿を、癪に障ったそうです。でも自分は一向に上がらないまま、本当にくさくさしていたそうです。
気持ちの転換
そんな時、ある研修でエリクソンの理論を学び、グループディスカッションや講師の方との面談を通して、気持ちが切り替わっていったそうです。
エリクソンの発達課題のどのような点が、その方にとって気持ちを切り替えるきっかけになったのでしょうか。
先ほどお話があったように、中年期の発達課題は「生殖性(generativity)対停滞(stagnation)」と言われます。生殖性とは、子育て、社会的業績や芸術的創造を含む次世代への継承を意味するということですが、この生殖性と停滞という発達課題の対立の中からケア(care)という徳が生まれてくるとされています。 そこが「育てる」という点でつながっていったのかもしれません。
この方の場合、技術の点で、古い技術が今も役に立つ部分があって、後輩たちは逆にその技術を知らない。だから自分が持っている技術を後輩に伝えることで、次世代を育成することに意味を見出されたようです。その後、その方は、研修の講師として後輩の育成に携わるようになり、生き生きと仕事をされるようになったそうです。
男性の場合、健康への関心や体力等の身体的衰え、職場でのポジションの変化などを通じて中年期を自覚すると言われています。 そのため、中年期には、この事例にあったように、転職やキャリアの見直しなどを「人生をリセットする最後の大きなチャンス」と感じる男性も少なくないと言われます。この方も中年期になって人生を振り返り、もう一度自分の本来やりたい仕事につながる形で、次世代を育てるという形での生き方を見いだしたと理解することができるでしょう。
いわゆる心残り、やり残した仕事、未完の行為に対応したことで、ある種の納得をされたということなのでしょうね。
参考図表(テキスト版)
図1 中年期における家族役割と心理的課題(イメージ)
| 役割・状況 | 典型的な内容 | 関連する心理的課題・感情 |
|---|---|---|
| 親としての役割の変化(エンプティ・ネスト) | 子どもの自立・別居、親役割の縮小 | 喪失感・孤独感/解放感・再出発感 |
| 配偶者との関係 | 夫婦だけの生活、死別のリスク増大 | 親密性の再構築、依存から自立への移行 |
| 親のケア(サンドイッチ世代) | 高齢の親の介護・見守り | 負担感・罪悪感・使命感 |
| 仕事・キャリア | 技術の陳腐化、昇進・停滞、転職の葛藤 | 有能感の揺らぎ、キャリア再構築 |
| 自分自身の健康・老い | 体力低下、病気リスクの自覚 | 不安、自己管理への動機づけ |
| エリクソンの課題 | 生殖性 vs 停滞(次世代への貢献か、自己閉塞か) | 「ケア」の徳の形成、意味・目的の再確認 |
