F-nameのブログ

はてなダイアリーから移行し、更に独自ドメイン化しました。

「扁桃体」と感情の記憶 #放送大学講義録(成人の発達と学習第4回その4)

ーーーー講義録始めーーーー

 

岩崎:
さて、次に紹介したい記憶に関係する脳の部位としては、扁桃体と呼ばれるところがあります。この扁桃体の扁桃とは、喉にある扁桃腺と同じ扁桃という字を書きます。扁桃とはアーモンドの別名であり、その形状がアーモンドに似ていることから名付けられています。
富永先生、この扁桃体とはどのようなものなのでしょうか。

富永:
はい、わかりました。海馬の先の方に扁桃体という部位があります。これも両側にあります。ここは、平たく言えば、「快・不快」や「安全・危険」といった情動的な意味づけを行う中枢、と考えてもらってもいいと思いますね。扁桃体は恐怖や不安、怒りなどの情動反応の処理や、情動を伴う記憶の形成に重要な役割を果たすことが、ヒトや動物の研究から分かっています。

生まれてから、生誕間もない乳児でも、危険な刺激や他者の表情に対する反応など、基本的な情動反応に扁桃体が関わっていることが示されており、かなり早い時期から機能しているわけです。これは人間の生存を保証するために備わった部位だと解釈されています。

人間は好きなものには、一般的に接近します。美味しいものは食べますが、嫌いなものは食べません。

岩崎:
そうですね。

富永:
で、好きな人には接近しますが、嫌いな人からは遠ざかります。これは乳児の頃から備わった扁桃体の機能の一部と考えられます。で、その原始的な感情は、海馬などと連携しながら記憶として脳内に蓄えられて、実際行くわけですよね。情動を伴った出来事は、扁桃体の働きによって、後で思い出しやすい形で記憶が強化されることも分かっています。

岩崎:
あー、そうですか。そうすると、情動を判断する扁桃体は快・不快の情報を海馬に伝達するというわけなんですね。扁桃体と海馬は情報交換を行いながら、最終的に、特に情動を伴うような出来事について、海馬を中心とする記憶ネットワークが大脳皮質に情報を長く残すかどうかを調整する作業をするということなんですね。私たちの頭の中でこのような情報のやり取りが随時なされているかと考えると驚きを覚えます。

富永:
うん、そうですね。もう1つ、さらに、海馬、扁桃体の近くには、匂いの記憶と関係する嗅内野というのがあります。嗅内野というと、「嗅ぐ」という字に「内側」と「野原」の野です。解剖学的には嗅内皮質(嗅内野:entorhinal cortex)と呼ばれる領域で、嗅覚系からの入力を受け、海馬との結び付きが非常に強い場所です。
匂いの記憶も実際、海馬の記憶機能や扁桃体の感情機能とともに強く結びつくことになるんですね。

岩崎:
なるほど、確かに。私も秋になりますと、例えば金木犀の香りをかぐと、幼い頃の実家での風景が思い返されたりします。このようなことは、匂いが海馬や扁桃体近くにある嗅内野──難しいですね、嗅内野と呼ばれるあの部位なんですけれども──その部位が関わっているのですね。納得です。

加えて、お話を伺っていますと、私たちのメンタルな面はかなり脳の部位と関わって記憶に影響を与えているということがわかりますが、そうなんでしょうか。

富永:
はい、そうですね。ストレスの話をしましょう。一般に、ストレスが心身症の原因、例えば腹痛の原因などになると言われてます。わかりますよね。しかし、ストレスをうまく自分でコントロールできない時には、それが実際、体、脳に負の影響を及ぼすと考えられています。慢性的で強いストレスは、扁桃体や海馬、前頭前野などの機能や構造にも変化をもたらしうることが報告されています。

例えば、マウスの実験で、同じストレスを受けても、管理者マウスと平(ひら)マウスでは違った反応が出てくることが実験でわかっています。

岩崎:
あ、そうなんですか。

富永:
サラリーマンの世界を想像してください。管理者マウスでは、ストレスを感じた時、自らの意思で、そのストレスをこう制御できる、回避できたりするわけですね。で、平マウスは、上司の管理者マウスが、それを回避しなければ、ストレスを受け続けるということになります。だから、平マウスは、自分に降りかかってくるストレスを制御できないというわけですよね。

そして、その結果、平マウスは胃潰瘍になりやすくなったり、環境を制御できたマウスはそうした胃潰瘍が比較的少なかった、というような研究報告があります。つまり、同じ強さのストレスであっても、それを自分でコントロールできるかどうかが、心身への影響を大きく左右するということです。

岩崎:
環境を制御できるというマウスにならないと大変ですよね。

富永:
記憶という人間の機能には、自分の意思とか判断とか思考が本当に密接に関係しているわけです。この言葉、記憶は、過去の匂いや感情、あらゆるものを実際に包含して、自分の中に保存されるわけです。そのいわゆる記憶情報をどう活用するか、どう自分にとって意味あるものとして処理するかは、やはり、前頭葉、特に前頭前野の思考・判断機能と密接に関係するということを、実際は知る必要があると思います。

岩崎:
そうすると、記憶が人を形づくっているとも言えるということかと思います。

 

補足図表(説明用):海馬・扁桃体・嗅内野の役割イメージ

 

部位 主な役割(簡略) 記憶との関係のポイント
海馬 出来事の「いつ・どこで・何が」をまとめるエピソード記憶の形成 新しいエピソード・事実の長期記憶化のハブ
扁桃体 恐怖・不安・怒り・好悪など情動反応の処理 情動を伴う記憶を強く残す、快・不快の評価
嗅内野(嗅内皮質) 嗅覚系からの入力と、海馬との結び付きの中継 匂いの情報がエピソード記憶と結び付きやすい基盤