ーーーー講義録始めーーーー
ここで言う人生の経歴をキャリアという言葉で表せば、経験資本とキャリアには密接な関係があると言えます。経験もキャリアも、過去から現在に向かって時間的連鎖によって蓄積されたものであり、継続的な性質を有します。
第一に、経験もキャリアも時間軸に沿った形で溜まっていきます。保育園の時に保育所の先生と遊んでもらった経験は、必ず中学生の職場体験学習で保育園に行った経験に先立つのであって、その逆はありません。経験とキャリアは、時間的に順序が決まっているのが特徴です。
第二に、いずれも現時点から回顧されることで、学習やキャリア形成の観点から意味を持つ概念になると言えます。例えば、中学校で登山キャンプに行ったという事実は、その後に思い出され、意味づけられることで「自分にとっての経験」として位置づけられます。思い出されなければ、せっかくキャンプに行っても、少なくとも自覚的な学びの資源としては活かされにくいと言えるでしょう。逆に、まだキャンプに行っていないものを「行った」と思い出すこともできません。
キャリアも同様で、過去にどこで勉強したか、どこに就職したか、どこでどんな仕事をしたかということを振り返り、自分の歩みとして語ることで、主観的なキャリアとして形づくられます。もちろん、何かやったのかもしれないが忘れてしまったという出来事も、客観的な経歴としては存在していますが、本人がキャリアを考える場面では、そのような出来事はほとんど意識されず、キャリアの物語の中に位置づけられにくいでしょう。
第三に、その性質はともに不可逆ということも言えます。これは、過去にさかのぼって経験したり、過去の出来事そのものを別のキャリアとして書き換えたりすることはできない、という意味です。小6の頃に児童会長に立候補した経験がなければ、「小6の児童会長として立候補した自分」という経験を、その後の年齢で新たに持つことはできません。小学校の頃にパン工場に職場見学に行った経験は、中学校でパン工場に見学に行ったとしても、同じ学年・同じ心境では二度と経験することはできません。中学生の予備知識や経験を下地にしてパン工場を見てしまうからです。
これは逆に、マイナスの経験をした場合にも、その経験の意味づけを変えることはあっても、経験そのものを無かったことにすることはできない、ということでもあります。
このような経験資本とキャリアの「継続的」「回顧的」「不可逆的」といった3つの特徴は、時間軸に沿って蓄積されていき、この経験の蓄積が、私たちの現在や将来の生活に影響を与えていくことになるというわけです。
本当にそうですね。学習経験、あるいはそれは人生経験と深く結びつくものとされています。このことは、成人がキャリアを展開していく上で、経験資本の持つ意義を学習という観点から取り上げているということなのでしょう。
しかし、極端に経験の量が少ない、有益な経験が乏しいなど、キャリア展開のための資本が十分でない場合には、有益な経験を付加するために、経験の機会を提供するといった社会的支援が求められるのではないでしょうか。
全くその通りですね。キャリア展開の観点からは、「不可逆」という点で、適切な時期に必要な経験をすることが重要だと思います。ただ、それが叶わなかった人には、その後、さまざまな形で必要な経験をする機会や可能性が与えられるべきだと思います。不可逆ということの裏返しになりますが、今から未来に向けていろいろな経験を積み重ねていく可能性は常にありますので、そうした社会的な支援は常に考えられて良いと思います。
