ーーーー講義録始めーーーー
【第5回】雇用区分の多元化と雇用ポートフォリオ:法整備と雇用ポートフォリオの理論
非正規雇用に関する法整備
こうした非正規社員の状況に対して、非正規社員の雇用安定確保と公正な処遇を目指して、国も政策的に取り組んできました。
改正労働契約法(2013年4月施行)
例えば、2013年4月に施行された改正労働契約法(無期労働契約への転換、いわゆる無期転換ルール)は、一定の要件のもとで、同じ使用者のもとで有期労働契約が通算5年を超えて反復更新された労働者(パートや契約社員など)が申し込めば、期限の定めのない無期労働契約へ転換できる仕組みを導入しました。
ここで重要なのは、制度の中心が「労働者の申込み(申込権)」に置かれている点です。申込みがあってはじめて、無期転換が法律上の効果として成立する、という理解が適切です。
働き方改革関連法(2018年6月成立)
さらに2018年6月、国会で正規と非正規の同一労働・同一賃金の実現を一つの柱とする「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」が成立し、同一労働同一賃金に関わるルールは、大企業は2020年4月1日より、中小企業は2021年4月1日より適用される整理が示されています。
また、派遣労働者についても、同趣旨の均衡・均等を確保するための枠組みが整備されました。
今後、正社員と非正規社員において、
職務内容
職務内容及び配置の変更範囲
が同一である場合は、少なくとも均等待遇(同じ取扱い)が問題となりやすくなります。
さらに、同一でない場合であっても、待遇差が「不合理」と評価されるならば是正が求められ得る、という点が重要です。
この法改正は、企業に雇用ポートフォリオの再編成と人事制度の再設計を促す、強い制度的インパクトを持つ法的介入となるわけです。
公正な雇用ポートフォリオとは
それでは、公正な雇用ポートフォリオとは何でしょうか。
組織と人材のマネジメントの要諦は2つあります。
第一に、仕事の分業と調整の仕組みづくり
第二に、従業員を適切に動機づけるインセンティブの提供と、必要な技能を習得させるキャリア開発の仕組み
簡単に言えば、前者が仕事管理、後者が人的資源管理です。
企業は人事管理の詳細を設計する上で、仕事管理の効率性を考えて、人材を異なる人事体系が適用される複数のカテゴリーに分ける必要があります。
雇用ポートフォリオとは、複数の雇用区分の組み合わせを最適化する考え方です。
ポートフォリオという言葉は、一般に、紙挟み、あるいは折りかばんを意味する語として説明されます。またビジネスでは、複数の金融商品を組み合わせてリスク分散や安定化を図る「資産ポートフォリオ」の文脈で用いられてきました。
ポートフォリオという言葉を雇用・人事管理の文脈で前面に出し、「雇用ポートフォリオ」として広く知られる形で提示したのは、日本では日本経営者団体連盟(略称・日経連)の議論として位置づけられることが多いのです。
日経連の雇用ポートフォリオ
日経連は、日本的な雇用慣行の基本方針、つまり長期的視点に立った人間中心・人間尊重の経営は堅持するものの、総人件費管理や雇用の調整を重要課題として捉え、長期雇用と短期雇用を組み合わせた雇用ポートフォリオを、これからの雇用システムの改革の方向として示しました。
日経連の雇用ポートフォリオは、以下の三類型を組み合わせる発想として整理されます。
3つの雇用区分
-
長期蓄積能力活用型(無期雇用)
対象:管理職・総合職・基幹的職務など(例)
能力開発:OJT(職場での教育訓練)を中心に、Off-JT(職場と離れた場所で行う教育訓練)と自己啓発を包括的・積極的に実施
処遇:職能資格に応じて変える -
高度専門能力活用型(有期雇用)
対象:高度な専門性を生かす職務(例:企画・研究開発等)
能力開発:Off-JTを中心に能力開発を図るとともに、自己啓発の支援も実施
処遇:年俸制のように成果と処遇を一致させることを重視 -
雇用柔軟型(有期雇用)
対象:業務の繁閑や配置の柔軟性が重視される領域(例)
能力開発:必要に応じて能力開発を実施
処遇:職務給などが考えられる
日経連モデルの問題点
しかし、日経連の雇用ポートフォリオには、なぜこの3つの雇用区分の組み合わせが望ましいのかについての理論的な説明が、少なくともモデル自体からは十分に読み取りにくい、という批判があり得ます。
特定の雇用区分の設定とその組み合わせが良好なパフォーマンスに結びつくメカニズムを説明する論理を示さなければ、実践的に使えるものとはならないでしょう。
実際、新しい雇用区分として提示された高度専門能力活用型については、想定されたほど一般化しなかったと指摘されることがあります。その一方で、雇用柔軟型に相当する働き方が増えていった、という議論も見られます。
最適な雇用ポートフォリオを設計するには、理論的な検討も必要なのです。
次回は、アメリカの研究者レパックとスネルが提示した人材アーキテクチャ論について解説します。この理論は、雇用ポートフォリオを理論的に編成しようとした重要な試みです。
図表1:非正規雇用をめぐる制度整備の流れ(講義内整理)
| 施策 | ポイント | 適用・施行の整理(代表例) |
|---|---|---|
| 改正労働契約法(無期転換) | 有期契約が通算5年超で、労働者が申込み→無期へ転換 | 2013年4月施行の改正で導入 |
| 同一労働同一賃金(働き方改革関連) | 正規・非正規の不合理な待遇差の禁止、説明義務など | 大企業2020年4月/中小企業2021年4月の適用拡大 |
| 派遣の均衡・均等(同趣旨) | 派遣労働者についても同趣旨の枠組み | 2020年4月からの改正整理 |
図表2:日経連「雇用ポートフォリオ」三類型(骨格)
| 類型 | 位置づけ(骨格) |
|---|---|
| 長期蓄積能力活用型 | 長期雇用を前提に能力形成し中核を担う |
| 高度専門能力活用型 | 高度専門性を活かす(雇用期間は相対的に柔軟) |
| 雇用柔軟型 | 需給・運用の柔軟性を重視する領域を担う |